【SFR】大きく裂けた大地の水源、ゴルディテラセス

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「297・・・298・・・299ッ・・・300・・・!」

 

そのとき彼、瑞ノ瀬超也(みずのせたつや)は日課の筋トレに励んでいた。

 

仕事が終わり、家に帰ってから真っ先にするのが筋トレ、というおよそ身体を鍛えることが生き甲斐の一つな筋トレバカである。

 

「っし、スクワットはこれくらいかな。次はプッシュアップ・・・」

 

ブーブブブ・・・。

 

超也が机に置いていたスマホが振動し、LINEの通知が来る。

 

「なんだよ、良いときに」

 

ぼやきながらスマホに近寄り、画面に表示されたLINEのメッセージは「次の土曜さ」とだけ書かれていた。

 

はー、と溜息を吐きながらスマホを手に取ると絶妙なタイミングでLINEの着信が入る。相手は勿論今しがたメッセージを送って来た主だ。

 

「もしもs・・・」

 

「ヤバイ秘境の谷見つけたから次の土曜、また迎えに来て」

 

「まだ良いとは言って無いぞ」

 

脈絡無いやり取りを押し付けて来た電話相手は楠丘菜摘(くすおかなつみ)。超也とは中学1年からの付き合いで、所謂腐れ縁。何の偶然か、お互い「秘境」というものに興味を持ち、25になっても未だ時々つるんでは一緒に秘境へ乗り込む間柄なのだ。

 

「時間は何時でも良いから、着く30分前になったら連絡して、んじゃ」

 

「あ、ちょっ!」

 

ピロリン♪・・・LINEの通話が切られる。唐突&強引。それが菜摘の常套手段。

 

「土曜、って明後日か」

 

ブーブブブ・・・。

 

またもLINEに菜摘からのメッセージが表示され、そこにはおおよその地図と名前が書かれていた。

 

「ゴルディテラセス」

 

何やら得体の知れない名前に興味が湧きつつも、地図の地形から相当に険しい道のりになることは容易に想像出来た。

 

「・・・プッシュアップしよ」

 

危うく「ゴルディテラセス」なる秘境に意識の全てが向きそうになるのをグッと堪え、筋トレの続きを開始する。

 

そう、瑞ノ瀬超也のもう一つの生き甲斐、それは秘境探索だった。

 

大きく裂けた大地の水源

「大きく裂けた大地の水源、っていう意味があるんだって」

 

ナビシートの菜摘がこれから向かうゴルディテラセスの概要を説明をしている。

 

「また、体操な名前だこと・・・」

 

辺りが完全に真っ暗な残夜の3時、ラウディttの運転席に座る超也は県道を軽く流しながら返す。

 

「昔は豊富な水量が流れる綺麗な渓谷だったみたいだけど、今じゃ開発が進んで水が涸れ果ててる・・・って友達が言ってたよ」

 

「ありがちな話だよな」

 

適当に相槌を打ちながら、ワインディングのコーナーに備え、スロットルを閉じ、エンジンブレーキ状態を作る。

 

「場所が場所だけに来る人どころか、知る人も殆ど居なくて『ザ・秘境』って感じみたい」

 

「ほほー、そりゃ楽しみだ」

 

クリップポイントギリギリに掛けるハードブレーキングでフロントに荷重が大きく載り、そのままステアリングを鋭く切り込む。

 

ttのリアタイヤがスキール音を鳴らしながらスライドし、コーナリングしていく。

 

今日も俺の相棒ttは良い感じだな。惚れ惚れするぜ・・・なんて超也が考えていると、

 

「ちょっと超也、ちゃんと聞いてるっ?」

 

相槌が素っ気なかったからか、菜摘が若干キレ気味で言ってきた。

 

「聞いてるって・・・」

 

「超也ってばいっつもttのことばっかり。『2時半には着く』なんて来るから大慌てで準備したのに」

 

もう、なんて溜め息を付く菜摘。

 

「なんだよ、秘境行くだけなんだからそんなきっちり化粧しなくても良いじゃないか」

 

汗かいて落ちるし、と付け加える。

 

「そうじゃなくて!あー、いいよもう、超也のバーカ」

 

「なんだよ、変な奴だなぁ」

 

助手席でプンスカし始める菜摘。こうなってしまうと下手に構わない方が身の為だ。触らぬ神に祟り無しって言うからな。

 

それから暫く、隣から発せられる「不機嫌オーラ」に耐えながら、ゴルディテラセスへttを走らせる超也だった。

 

アキレス腱を殺しに掛かる急坂

「ここ・・・なのか?」

 

ラウディttを手頃な場所に停め、探索装備に着替えた超也と菜摘は、「入口」に来ていた。

 

「みたいだね、さて行こっか」

 

「行く、って、この急坂をか・・・?」

 

待ってくれ、ざっと見ただけでも軽く70°はある坂だぞ・・・?こんなとこ下ったらアキレス腱が切れるんじゃ・・・等と冷や汗をかきながら超也が立ちすくんでいると、

 

「何してんの?置いてくよ?」

 

菜摘がザザザという音を立てながら豪快に急坂を下りって行く。

 

「マジかよ・・・」

 

悔しいが、秘境探索のスキルは菜摘の方が一枚上手だ。超也もそれなりに場数を踏んでいるが、彼女には遠く及ばない。

 

「意外と大したこと無いね、この坂」

 

化け物か、お前は。

 

菜摘に続き、超也もなんとか急坂を滑り降りて必死に着いていく。

 

「一体何メートルあるんだよ、この坂・・・」

 

「んー、200メートルだったかな、話だと」

 

冗談、ガチで腱が死ぬ。こればっかりは筋トレでどうこうなる問題じゃない。

 

菜摘は、と言うと、坂に生える木々を上手いことブレーキ代わりにして猛進し、グングン超也との距離を広げて行った。

 

「持つのか?俺の足・・・」

 

ぼやき、焦り、降りて行く超也であった。

 

迷ったときこそ休憩を

「で?どこを行けば谷だって?」

 

「ちょっと待ってよ、今考えてるんだから!」

 

「そんなにツンケンしなくっても良いじゃんか」

 

ツンケン、そう、菜摘は道を間違えたらしい。

 

「しょうがないでしょ。GPSは圏外だし、思ったよりここ複雑なんだもん」

 

「やれやれ・・・」

 

俺はタバコを取り出し、ジッポで火を灯す。キィインとケースを弾いたときの甲高い音が鳴り響き、ジュッという音と共にタバコの先端が仄かに輝く。

 

「まあそんな焦ることもないだろ」

 

「それ、超也が疲れて休憩したいだけでしょ?」

 

「ま、まあそういう意味合いもある」

 

下ってくるだけでここまで足がやられるとは思わなんだ。帰りは登りだが、無事にttの元へ帰れるのか・・・?

 

「あっ、分かった!今度こそ大丈夫!」

 

急に菜摘がポン、と手を叩き、スックと立ち上がる。

 

「それもう4回目だぞ・・・?」

 

「良いから!黙って着いてくるっ!」

 

「あいよ・・・」

 

俺はタバコを携帯灰皿の中に押し込み、よっこらしょと言わんばかりに重い腰を上げ、再び谷へを歩み出した。


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「異世界」との邂逅

ザザザザザ・・・

 

もうどれくらい坂を下ったのだろう。

 

腕時計で時間を確認すると、入口から既に2時間が経過していた。

 

「ほんとにこんなとこにヤバイ谷なんてあるのかよ・・・?」

 

ぼそり、と超也は独り言ちる。

 

菜摘は、というと、黙々黙々下を目指している。よくもまあそんなに集中力が続くもんだ。

 

「!・・・超也!!!」

 

急に菜摘が大きな声で超也の名を呼ぶ。突然のことにビクリとなりつつも、急ぎ菜摘の元へ駆け付ける。

 

そして・・・・・その大声の意味は間も無く知ることとなる。

 

「なっ、なんだ・・・ここは・・・?」

 

日本・・・だよな、間違い無く。

 

目の前の光景が、完全に予想の遥か上を行くもので呆気に取られてしまい、超也は茫然と立ち尽くしてしまう。

 

「すごい・・・ここ・・・あたしも話には聞いてたけど、本物を直に見るのは迫力が全然違う」

 

菜摘にとっても衝撃的な景色だったようで、恍惚な表情を浮かべながら、まるで異世界のような、この世のものとは思えない峡谷に見入っていた。

 

深く深く、そして深くまで削られた両崖。

 

良く見る大規模な峡谷と異なり、場所に寄っては崖と崖の間が1mも無いようなポイントもある。

 

身を乗り出して谷の底を見ようとしても、オーバーハング気味に抉れる峡谷は想像以上に険しく、不可能だ。

 

「信じられないな、こんな場所が日本にあるなんて・・・」

 

太陽が出ている晴れの日であるにも関わらず、鬱蒼とした木々と峻険な断崖に阻まれ、影が落ちて薄暗い峡谷。

 

ゴルディテラセス・・・大きく裂けた大地の水源。その言葉が指し示すように、砂岩質の岩肌には水によって削られたような、滑らかな浸食痕が残されていた。

 

「降りてみる?」

 

静寂を打ち消すように、菜摘がぽつりと呟く。

 

「この峡谷を・・・か?」

 

改めてゴルディテラセスに向き直る。広がる光景は日本の、それもよく知った都道府県に存在する地形とは到底思えず、まさに足がすくんでしまうような断崖絶壁。

 

いやいやいや、無理だろ。というか、ここに来るまでで傾斜70°、距離200mもの急坂を下って来ているんだ。これ以上降りれば、絶対に帰りで死ぬ。

 

「遠慮しておく。足吊ってtt運転出来なくなったら嫌だし」

 

「・・・超也が止めるなら、あたしも止めておこうかな」

 

少しだけ残念そうだが、なんだかホッとしたようにも思える菜摘の言葉。恐らくは行ってみたいという好奇心半分、行って帰って来れるか分からない恐怖心半分で、どちらかというと菜摘も恐ろしく感じていたのかもしれない。

 

藪は、「這う」もの

「もう一か所、イイ景色があるんだけど」

 

菜摘が提案する。

 

「まだ他の場所があるのか?」

 

「えっとね、今ここにいるから・・・ちょっと戻って、藪を抜けると分岐があるからそこ、だって」

 

どうやら菜摘の友人がくれた情報のメモを見ているようだ。

 

「ルートは・・・うん、これなら簡単そう」

 

「よし、行ってみるか」

 

超也は菜摘の後ろに着いて行く形でイイ景色へ向かう。てかイイ景色ってなんだよ・・・。

 

そしてその5分後。

 

「・・・なあ菜摘、ここをどう突破するんだって?」

 

「どう、って、這うに決まってるじゃない」

 

「マジでか・・・」

 

目の前にあったのは激藪。それも単なる熊笹が群生している場所では無い。4、5mは優に超えるような植物がまるでジャングルのように繁茂していたのである。

 

「これはマチェットで払うしか無いか」

 

「止めた方が良いよ」

 

「?どういう意味だよ?」

 

「試してみれば分かるよ」

 

菜摘の言葉が腑に落ちないが、背中に挿していたマチェットを超也は取り出し、眼前に広がる激藪目掛けて薙ぎ払う。

 

バサッバサッ・・・バサバサッ!!

 

「ハッ!!セイッ!シャアァアアァ!!!」

 

威勢良く超也はマチェットを振り回す。刃が命中した藪は勢い良く地面にバタバタと落ちていくが、一つ、分かったことがある。

 

「・・・キリが無い」

 

「そういうことだよ」

 

とかく量が多過ぎる。払っても払っても一向に藪が減るように思えず、まさしく徒労なのだ。

 

「行く気が起きないんだが」

 

「ふふん、別に良いけど。来ないなら置いてってそのままあたしだけ帰っちゃうよ?」

 

そういう菜摘の手にはttのキーが収まり、これ見よがしにくるくるとキーを回している。

 

「まさか!?」

 

超也が驚いてポケットに手を入れても、あったはずのttのキーは確かに無い。

 

こいつ、スリやがったな。

 

「いつの間に・・・」

 

「返して欲しかったら早く来なさい?」

 

得意げに菜摘は長い髪をかき上げ、鼻を鳴らす。

 

「わーかりやした、這えば良いんだろ、這えば!」

 

半ばヤケクソ気味になり、身を屈め、匍匐前進を始める。

 

ジャリジャリジャリ・・・

 

下は土や草木では無く、干上がった川床なので、河原にあるような細かい砂になっている。連日降雨は無かったというのに、砂は湿っていて、手足の付いた箇所にモッサリと纏わりついてくる。

 

「これ砂払わないとtt乗れないんだけど」

 

超也がボソリと愚痴をこぼす。

 

「え?良いじゃん砂くらい。そのままtt乗れば」

 

絶対に、嫌だ。

 

そこに或る麗景

「ぐっ・・・どれだけ這えば良いんだよ」

 

かなりの距離を匍匐前進したはずだ。しかし視界は開く気配が無く、藪・藪・藪である。

 

幾ら相棒ttのキー返却が掛かっているとはいえ、これは流石に「お腹一杯」だ。

 

そういえば、いつの間にか少し前を行っていた菜摘の姿が無い。

 

「菜摘?」

 

呼び掛ける。が、返事が無い。

 

まさか、遭難したのか?

 

シャレにならん。スマホの電波すら届かない場所だ。仮に遭難したとなればどこにいるのかも分からない上、救助も呼びようが無い。

 

僅かな焦りを覚えながら、進むペースを速める。ひとまずこの藪を抜けて・・・、

 

と、考えながら進むと立ち尽くしている菜摘がいた。

 

「良かった、遭難じゃなくて」

 

ホッと胸を撫で下ろす超也。身を起こし、軽く砂を払ってから菜摘の方へ向き直る。

 

「どうした?鳩が豆鉄砲食らったような顔して」

 

「だって・・・こんなの見たらそうもなるでしょ?」

 

菜摘の指差した先、そこにあったのは

 

「!!!?」

 

絶句した。崎ほどの深く抉られた峡谷も凄まじかったが、この景色も目を見張るものがある。

 

V字型に割れた谷、岩間から覗く植物、峡谷を跨ぐように掛かる倒木・・・。

 

絶景、なんて言葉では物足りない。例えるならそう、麗景とでも評するべきだろう。

 

「・・・来た甲斐あったでしょ?」

 

菜摘が寄り添いながら問い掛けてくる。

 

「確かに、こいつは一本取られたよ」

 

不覚にも感動してしまう超也。良いものを見たもんだな。

 

暫しの間、時が過ぎるのも忘れ、二人はじっとその麗景を眺めていた。

 

余韻

「うー、手足がまともに動かん」

 

帰り道、ttを運転しながら超也は呟く。

 

思いの外ゴルディテラセスの探索が響いたようで、身体の節々が痛い。

 

「とはいえ、ありゃ行くだけの価値がある場所だったな」

 

余韻に浸りながら、峠をttが疾走する。

 

「・・・って、こいつ、また寝てるし」

 

ナビシートを見ると、そこには気持ち良さそうに寝息を立てる菜摘がいた。

 

いつも秘境探索が終わると決まってこれだ。何事も無かったかのように爆睡する。

 

「まあ良いんだけどさ」

 

信号待ちになり、ttが停車する。超也はスマホを取り出し、今さっき撮影した写真を見て、巡り会った絶景に思いを馳せる。

 

「ゴルディテラセスか・・・良い意味で期待を裏切る素晴らしい場所だったな」

 

信号が青になり、スマホを仕舞い、ttを発進させる。

 

「次に行く秘境はどんな景色が眠っているのだろうな」

 

そう一人呟きながら、ギアをシフトアップさせる。

 

「菜摘も寝てることだし・・・久し振りに攻め込むかな、峠」

 

車の通りが無い閑散とした深夜の峠道、ttの狼の唸り声ようなエキゾーストが咆哮し、タイヤのスキール音が響き渡るのだった。

 

※この物語はフィクションです。


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