トンネル、又の名を隧道(ずいどう)。
山の上を峠で越えようとすると数時間かかっていたところが、山の中を突っ切る形で掘られた隧道により、その時間は大幅に短縮される形になった。
落石や路肩崩落により通行不能になることが多い峠が、隧道により快適かつ安全に突破出来るようになり、交通の便が飛躍的に上昇したというのは隧道の主な特徴と言えるだろう。
その隧道と呼ばれる物が、山梨県には不気味とも言える様相で存在する場所があるのをご存知だろうか?
松姫湖の二段廃隧道
山梨にもあった、濃い物件
場所は国道139号線すぐ近くの林道土室日川線(つちむろにっかわせん)。道中にある葛野川ダム(かずのがわ)に松姫湖(まつひめこ)と呼ばれるダム湖がある。
今回はその松姫湖とその脇を通る林道土室日川線が舞台となる。
甲斐の虎の娘にちなんだ峠の名前
松姫湖という由来はこの現国道139号線の旧道の呼び名が松姫峠であり、ちなんだものと思われる。松姫峠は山梨県北都留郡小菅村と同県大月市の間にあり標高は1250m。峠の名前は甲斐の虎、武田信玄の娘である松姫が織田信長の軍から逃れる為歩いて越えたことが由来となっているようだ。
上の地図を見てもらえれば分かる通り現国道139号線と旧国道139号線では道が大きく異なっている。
これでもか、というくらいヘアピンカーブが連続するのが旧国道。狭隘な1車線区間も多く、ドライバーを悩ませてきた元凶とも言える。2014年に峠を貫く形でようやく松姫トンネルが完成し、交通の便は飛躍的に上がる。
現国道が出来たことで旧国道はもはや役目を終えたどころか、落石の危険から通行止めとなり松姫峠を全線走ることは叶わなくなってしまった。酷道好きな僕としては残念で仕方が無い。林道土室日川線に関しても法面崩落拡大の恐れから通行止めとなってしまっているのが現状なのだ。
では、行ってみましょう。
葛野川ダムを目指す
まずは松姫トンネル手前、現国道の路肩に車を停める。目指すは左側、薄暗いトンネルへと入っていく。
白草トンネルと書かれたトンネルを潜ってきた。ここから左手に見える方へ進む。
土室日川線の案内板がある。この林道の通行規制が解かれる日は来るのだろうか…。
このトンネルへ入ると途中葛野川ダムへの入口がある。
ダンジョンのようなダム入口
薄暗いナトリウムランプに照らされたちょっと怖いトンネル内部。
この左が、
葛野川ダム入口。
さながらダンジョンへの入口である。
高さ105m、堤長263mの重力式コンクリートダムで714mという世界最大の有効落差を持ち出力は国内の揚水発電としては3位とされている。
残念ながらダムが無人になる時間は閉鎖されている為入ることは出来なかった。折角だし、入って堤体から一帯を見回してみたかったものだが。
ダムトンネルを抜けると美しい深緑色をした松姫湖が姿を現わす。
と、道路の方へ向き直り、正面のトンネルへと目をやる…が
奇妙奇天烈、二段重ね
「!?!?!?!?!?」
なんだなんだこの異様な光景は!?
下のトンネルに乗っかるようにして上にトンネルが作られているじゃないか!弱肉強食と例えるべきだろうか?役目を終えた下のトンネルは本体の半分を上のトンネルの為に侵略されており、踏み台になっている。
こんな光景見たこと無い…。
下のトンネル前まで降りてみよう。
下側の道路にだけ設置された矢印標識。今立っている場所はガードレールで完全に上側と遮断されていて、当然ながら車で通ることは不可能だ。
見れば見るほど不気味な景色。物音一つしない静寂の中、奇妙な隧道達が口を開けて佇んでいる。
下から見上げてみた。下側のトンネルは松姫湖が満水時は水に浸かるようであり、土砂や流木といった浮遊物が流れ着いていた。
更に内部は御覧の通り塞がれていて抜けることが出来ない。
閉塞壁にはぽつんと謎の小さな穴が開いていた。
これは湖の水位が上昇した際、内部の押し出された空気を逃がす役割を持っている。
実は今僕が立っている場所は葛野川ダム建設中のみ使われていた仮設道路だったようだ。それも国道139号線の。
葛野川ダムが完成し仮設国道は役目を終え、廃道化。一部が湖底に消えたのである。
湖底に沈む西側坑口
上側の道路へと戻り、鶴寝トンネルと呼ばれるトンネルへ入る。
言ってみればこのトンネルも廃隧道となる訳で一種の美しさを感じずにはいられない。
鶴寝トンネルを抜け、振り返って撮影。
植物に半分程坑口を覆われ、長い間一般車両が通行していないことが分かる。
景色は相変わらず山深いまま。架かる橋の名前はシンケイタキ沢橋。漢字で書くと「深渓滝沢」となる。なんとも不思議な地名だ。
さて、先程二段重ねで鎮座していた下側の廃隧道、それの反対側があるはず。
シンケイタキ沢橋から湖面を見渡してみると…
あった!
拡大してみると確かに坑口が存在していた。
あそこへ渡るには空を飛ぶか、松姫湖を泳ぐしか方法は無い。
本当にやってしまった化物な方もいらっしゃったのだが…。
赤い点線で示した場所が閉塞隧道。西側坑口に続く先は湖面へと消えておりかつての仮設道路は湖の底だ。ダム建設時のみ使われ廃道という運命を辿った悲運な道路の末路であった。
今回の物件は兎に角他に類を見ない程ユニーク。山梨県の奥深くに眠る二段廃隧道、いずれまた行ってみようかと思っている。
終
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