【滋賀県】【廃鉱山】秘境に眠る古びた神殿!土倉鉱山跡の廃墟を探索せよ!

【滋賀県】【廃鉱山】秘境に眠る古びた神殿!土倉鉱山跡の廃墟を探索せよ!


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鉱山跡。

 

その名が示す通り、稼働しなくなり、棄てられた鉱山の跡である。

 

一般的に鉱山は鉱山跡になった後も鉱毒水処理などで管理され続けることが多く、立入禁止となっていることが殆どで、場合によっては外観を見ることすら許されない、禁断の物件だ。

 

だが滋賀県には一般人の立ち入りを許可しており、さながら神殿のような様相をした鉱山跡があることをご存じだろうか?

 

土倉鉱山跡

OpenStreetMap and contributors CC-BY-SA

滋賀県長浜市木ノ本町(ながはましきのもとちょう)に国道303号線が通っており途中、金居原(かねいばら)と呼ばれる集落がある。少し東に移動するとすぐに岐阜県揖斐川町(いびかわちょう)の県境を跨ぐことになる。

 

県境にほぼ跨る形で滋賀県側に居を構えた鉱山、それがここ、土倉鉱山跡(つちくらこうざんあと)と呼ばれる物件である。

 

土倉鉱山は土蔵岳と呼ばれる標高1003mほどの山麓に坑道が掘られ、1907年(明治40年)に奥土倉(おくつちくら)という、現在の鉱山跡よりも若干北にある場所で鉱山が開かれた。だがその後、度重なる豪雨被害や土砂災害などにより、拠点を南側の出口土倉(でぐちつちくら)に移した。これが現在土倉鉱山跡と一般的に呼ばれている場所である。1965年(昭和40年)に閉山し、現在では出口土倉に選鉱所跡と坑口が残されている。

 

滋賀県の秘境とも言える奥地に残された鉱山跡は、聞くところに寄ると建物の荒廃具合が愛好家達の目に留まり、廃墟好きな方々や、コスプレイヤーが訪れ、思い思いの写真を残しているという話だ。

 

これは、秘境好きには溜まらないスポットな気がしてならない。是非、その「御姿」を拝ませて頂かなければいかんだろうな。

 

旧道から伸びる鉱山跡入口

序盤から滲み出る秘境感

OpenStreetMap and contributors CC-BY-SA

現在地は国道303号線、八草トンネルより西側の旧道分岐である。

 

当日の滞在拠点は西側の滋賀県長浜市、琵琶湖らへんで車中泊していたので、最初西から来たのだが、ここに到着するか否かというタイミングで腹部が「重度の障害」アラートを発報しやがり、ヘビーウェットの中フルスピードのダウンヒルで県境を越え、揖斐川町の道の駅で「障害対応」を行ったのち、戻ってきたという経緯があった。なので東から左にUターンする形で旧国道303号線へ進入する・・・くっそどうでも良い補足情報だが・・・。

 

滲み出ていますなぁ・・・秘境感が。

 

民家など一軒も無く、至って静かな山間部だ。案内板が設置されている訳でも無い為、普通に運転しているとまず気付かず通り過ぎてしまうだろう。

 

頭上に見える橋は現国道303号線の橋梁だ。かつて国道303号線は八草峠と呼ばれる峠を延々走り続けなければならず、狭隘、軟弱な道路を使って岐阜県と滋賀県を行き来するのはくたびれるの一言に尽きたはずである。

 

現国道303号線であるバイパスが完成し、八草トンネルが開通してからというもの、その利便性は飛躍的に上昇し、八草峠を通過するのに3分とかからない。近代土木技術の躍進は目覚ましいものであると実感する。

 

左手には杉野川が流れ、奥には橋梁が写っている。良くある山間部の旧道風景というやつだ。閑散としながらも、この嫌味の無い不思議な居心地の良さこそ、旧道の良さの正体とも言えるだろう。

 

その後道は3方向へ別れる分岐に差し掛かる。

 

OpenStreetMap and contributors CC-BY-SA

現在地。旧国道303号線に入って橋梁下を潜り、辿り着いたのがこの分岐点だ。

 

直進すればそのまま旧国道303号線を経て現道、右手の細い道は未確認だが、廃屋と川があるようだ。

 

正解は左なのだが、何やら小さい看板が置かれているのが気になる。

 

・・・つまるところ、金居原に住む人以外は自然に生えてる物パクッていくなよ、ってことだろう。言うまでも無く今回の目的は鉱山跡の探索であるので、該当無しだ。堂々と進んで行くことが出来る。

 

分岐路より鉱山跡に続く林道を見やる。少し前のGoogleマップに投稿された路面の写真では相当に荒れていたようで、正直相棒TTでは苦戦を強いられることが見込まれたが、事実や如何に・・・。

 

天国レベルのダート林道

走りやすっ!!!

 

完全に予想外だ。轍だらけだった路面は整地され、フラットダートに変わっていたのである。車から降りて落石を除去するような事象も発生せず、天国レベルのダート林道と言える。

 

先に書いてしまうと、出口土倉より更に先の奥土倉へ向かう道、つまりは坑口より先の林道はそこそこ荒れていたので、恐らく観光客向けにこの付近だけ整地されたのではないか、と推測する。廃墟と化した鉱山跡への道が観光客向けにわざわざ整地されているというのは、俄には信じがたい話だが。

 

唯一相棒TTで気を使うのはここくらいか。ちょうどタイヤの載るポイントが抉られ、水溜まりになっていたのである。

 

ここへは前日も訪れたのだが、そのときはワイパーフル稼働クラスの大雨が降っていた。初見で、抉られた水溜まりがあるとは知らなかったが、段差を乗り越えるときに「怪しい」と思い、タイヤを載せる場所をずらしたが、その正体がこれだったという訳だ。

 

記録の為、一眼レフを手に車外に降りる不知火だが、顔色がどうも浮かばれない。理由としては、先程から雲行きが怪しく、今すぐにでも雨が降り出しそうだった為、その懸念である。まさか・・・降らないよな?降らないでしょ?

 

ひとまず、それから100m走るか走らないか、僅かな刻の後、前方に・・・

 

!!!

 

亡者引き込む古びた「神殿」

荘厳な佇まいを魅せる選鉱所跡

霞み澱む鼠色の空、不気味さを作り出す翠色の森、苔と損壊で風化した鈍色の混凝土・・・。

 

ゾクリ、とした。およそこの世のものとは思えない、浮世離れした光景が目の前にあったのである。

 

棄てられてから半世紀以上が経過しており、建物の外観は極めて廃れている。古びた佇まいは、さながら神殿と評するに値し、艶かしさを漂わせるこの廃墟が途徹も無く魅惑的と言わざるを得ない。

 

この選鉱所跡が魅惑的、と感じる所以は他にもある。

 

表裏一体な妖艶さと神々しさ

天候、だ。前日に大雨が降っていたタイミングで撮影した写真になるが、特筆すべきはこの妖艶さ。

 

廃墟は雨水で濡れて色の深みを増し、木々は霧で幽玄さを体現している。不気味さを通り越し、おぞましささえ感じる程である。

 

また、雲間から陽光が顔を覗かせれば表情は一転。暖かで軟らかく、神々しさが具現するのだ。天候一つでここまで雰囲気を変える。好事家達が虜になるのも頷ける。

 

出口土倉坑口へ

ぐう畜案件

OpenStreetMap and contributors CC-BY-SA

現在不知火が居る地点。選鉱所跡だ。ここから数百メートル程北に行くと、坑口が見えてくるはず、なのだけど・・・

 

雨。である。

 

まさか前日に引き続き、バラバラという雨粒が一帯に滴り落ちる音を聞くハメになるとは思わなんだ。ぶっちゃけ前の日に大雨の中で傘差しながら散々撮影したので、雨は要らなかったんですが、天神様が「業務」を開始されたようだ。梅雨の時期になれば、否応にも大体毎日雨になるのだから、そんなしゃかりきお仕事なさらずとも結構ですよ、道真様・・・。

 

泥々ダート

暫くしてようやく雨が止み、カメラが使える状態になったことを確認し、坑口へと進む。

 

雨の影響もあり、至る所に泥で濁った水溜まりがある。徒歩で道路状況を見てきたが、溝になるくらい深い水溜まりは無く、道路を一直線に進ませなければボディが汚れるということも無さそうだ。

 

・・・とは言ったものの、道幅は水溜まりを避けながら走れるほど広い訳では無い。相棒TTの写真撮影をしたいので、車体を泥で濡らすというのは極力避けたいのだ。

 

なんてぼんやり考えていたら出たよ、土倉鉱山跡もう一つの濃い残存遺構が。

 

封印された「魔界」への入口

坑口前へ到着。

 

坑口の上部は崖から伸びた木の枝が影を落として辺りは薄暗くなっている。コンクリートで造られたポータルはあちこちに苔が生え、年季を感じさせる。

 

坑口前へ近付き、再度シャッターを切る。

 

坑道入口を封印する鉄格子は真ん中が鍵付きの扉となっていて、鉱山関係者が点検をする際に使用すると思われ、右端からは鉱水が勢い良く流れ出して暗渠を通し杉野川へ注がれていた。

 

これ以上に無いくらい、不気味な空気を漂わせる坑口は「魔界への扉」だ。迷宮へ足を踏み入れた者は、二度と日の目を見ることが出来ない・・・なんてお決まりの解説を交えてみたくもなる。

 

ポータルの上部にはコの字の窪みが有り、意図的に削り取られてたと推測する。恐らくは銘板が取り付けられていたのだろう。今となっては坑口の名を知る術は無い。ここに坑口が開かれる前、稼働していた奥土倉鉱山と分ける為に便宜上、「出口土倉坑口」と呼ばせて頂こう。

 

ISO感度12800、スピードライトによるストロボ照射で撮影した坑道内部。

 

中央には現役時代トロッコを走らせていたと思われるレールのようなラインが闇の中まで伸びている。

 

透明度が高くて底まで見通せる鉱水が非常に美しく、立ち尽くしてしまう。この景色は一体どこまで通じていて、奥はどのようになっているのだろう。

 

いつの間にかお色直し(着替え)している管理人不知火。この後行う選鉱所跡探索の為だ。流石に丈の長いコートで行うような場所では無いので、動きやすい服装に着替えておく。こうして見ると、戦場カメラマンみたいに見えなくも・・・いや、それは無いな。

 

坑口前に残された廃材

来た道を振り返って相棒TTとダート林道を撮影する。右側の道を少し戻るとすぐに選鉱所跡がある。ここまでお手軽に辿り着ける鉱山跡というのもかなり珍しいだろう。出口土倉坑口より先、奥土倉へ向かう路面は極端に、とまでは行かないが結構荒れ始めていて、やはり出口土倉までが観光客向けに整備されていたのでは無いかと思えて仕方が無い。

 

写真左側に積まれた廃材は鉱山軌道で用いられたレールの残骸か、廃屋の成れの果てか。分からず仕舞いだが、廃材が丸ごと苔で覆われていることから木材なことだけは分かる。

 


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選鉱所内部探索

光差し込む「神殿」

それではいよいよ選鉱所内部のレポートに移りたいと思う。

 

まずは選鉱所の俯瞰地図だ。1Fから7Fまで階層を振り分け、シックナーについては上から順に第一、第二、第三と定義することにした。現在地は1F南西部、地図で言うと右下から探索を開始して行く。

 

雲間から差し込む陽射しを受けて生み出される廃墟の明暗。

 

異世界から神々が降臨する為の神殿になっていたとしても、何ら不思議は無く、光景そのものが正しくファンタジーと言える。

 

遺棄されてから数十年と経過し、閉山時に建物の外観は破壊され、往時の面影はまるで残されていないと言っても過言では無い。しかし剥き出しで残されたコンクリート群が、逆に言葉に現せないほどの味わいを作り出し、マニア達を呼び込む要因になっていることもまた事実である。

 

一歩、また一歩と歩みを進め、棄てられた回廊を眺めて行く。

 

今でこそすっかり荒廃した選鉱所ではあるが、現役時代は目まぐるしく人々が動き回り、忙しい毎日をこの建物もまた、過ごしていたはずである。

 

こうして廃墟をカメラに納めていると、実に様々な捉え方が出来るものだと実感する。

 

外観はさながら「神殿」のように感じたが、内部は戦禍に巻き込まれ、荒れ果てた「ゴーストタウン」という例えも的外れと言い切れない。

 

鉄分が水に溶け出し、床を赤茶けた水が覆う。

 

それがまた、抜群の仰々しさを醸し出していて、廃鉱山の施設だということを再認識する。

 

1F部分の回廊から階段で2Fへ登り、南にカメラアングル。

 

中央付近に鎮座する円形の遺構がシックナーであり、望むは第三シックナー。横側に開いている穴に入ってみようか。

 

洞窟のような第三シックナー直下

現在地。思ったより縦に長い選鉱所。まだまだ探索箇所は沢山ある。

 

第三シックナー直下へと続く穴内部。さながら洞窟だ。

 

薄暗く、とても不気味な空間。Canonスピードライト430のフルフラッシュでもこの明るさ。自然の露出では到底内部を伺うことは不可能である。

 

何やら天井と床に棄てられた部品が残されている。近寄って観察してみよう。

 

シックナー直下に張り付いた往時のアイテム。形状からすると分離した鉱石が排出されるバルブのように見える。

 

錆び付きながらも原型を保ち、シックナーまで流路が貫通しているようで、先刻降り注いだ雨水が滴り落ちていた。

 

こちらは床に転がる遺構。天井に残されたバルブに接続する為の部品に思える。この部品にさらにホースが接続され、屋外へ出されたのかもしれない。

 

「洞窟」入口から見て左手、方角で言えば東側の様子。

 

更に深いで支配されており、撮影するにはスピードライトのストロボに加え、ISO感度を上げざるを得なかった。

 

こんもりと盛り上がりながら奥へと続いていて、至る所から漏水している。仮に奥に進もうとしても、盛り上がった傾斜を登れるかが疑問で、試す気にはならない。大人しく屋外へ戻り、探索を続行することにしよう。

 

息を呑む美しさ

第三シックナーを出て道を戻り、1Fと2Fを繋ぐ階段のあるすぐ左。方角では北へ歩いていることになる。

 

その目の前にある景色というのが・・・、

 

カメラを向けて、思わず息を呑んだ。

 

極限まで劣化し、年老いて現役時代の役割を知ることは叶わない、しかしそのことが逆に新たなる光景を作り出し、訪れた人々の心に「感動」という気持ちを刻み込む。

 

縦に長く、横に狭い。それでいて支柱の間から光がこぼれ、不気味さを感じ無い。雨水で出来た水溜まりもまた雰囲気作りを一役買って出ているように思えるのである。

 

年数が経ち、変色したコンクリートの風合いが増し、瀟洒とも表現出来る。

 

その外観はどこか雄々しくも有り、物哀しくも有る。長い年月が過ぎているにも関わらず、傾くこと無く立派に支柱としての役目を果たしていた。

 

立ち並ぶ「墓碑」

次階へと進む為、北側の斜面を昇り詰めて行く。現地には随所に残置ロープがあるのだが、正直なところ、必要無いというのが不知火の本音だ。およそ難易度としては運動靴なら「ぬるぽ」で行けてしまうくらい楽ちん。完全なる初心者向け物件と言えよう。

 

・・・ていうか、このとき不知火は横着してカメラバックを持たず、首から一眼レフを下げて探索していた為、片手が塞がっていてロープを掴めないというのもあったが。いずれにせよ、底が無いサンダルで行かない限り、両足だけでヌルヌル動き回ることが出来る。実際残置ロープも一体何年経過しているか分からず、テンションを掛けたときにブチッと千切れるか分からないから、使うのは危険だという話でもある。余程高難度の場所なら「使えるモノは使う」理論で迷わずロープを掴むかもだが、これくらいならノーロープで余裕だ。もしも残置ロープを使うのであれば、足場が安全なときに全体重を掛けて引っ張り、ロープが結ばれている地点がグラグラ動いて無いかを確認し、使用すべきだ。何も考えずフルテンションをロープに掛け、「プッチンプリン」してしまっては笑うに笑えないからな・・・。

 

そんなこんなで斜面を登り、3F。春とは言え木々が鬱陶しく、身を屈めたりすり抜けたりして進んでいく。

 

件の場所には、数多の支柱が立ち並んでいた。

 

恐らくは索道、もといロープウェイの支柱か、ベルトコンベアの支柱だったのでは無いかと考察する。規模で考えるとベルトコンベアとしての線が濃厚だろう。仮にベルトコンベアで話を進めるのであれば、方支柱線上に1路線が敷かれ、ここだけで2路線のコンベアが組まれていた可能性が高いのでは無かろうか。

 

支柱群から上階を見上げてみる。

 

まるで、そう、墓碑だ。索道の支柱群はおよそ「死者の丘」即ち墓場に設置された墓碑のように思えて仕方が無い。不吉、不謹慎、読者の中にはそう思われる方もいらっしゃるかもしれない。だが是非現地に行ってみて欲しい。きっと不知火が言いたかったことがよく分かるはずである。

 

口を開ける「廃隧道」

階を上に進み、4F。アオリ撮影した写真上右奥には明るいグレーの小屋が見える。左手にも怪しい円形状の物体が見えているが、それについては一旦置いておこう。

 

ズンズンと南へ行き、第二シックナーがすぐ下にある所に近付く。

 

地図で現すと現在地は第一シックナーが左手上部(東側)、第二シックナーが右手下部(西側)という配置だ。

 

第二、第三シックナー俯瞰写真。槽内は僅かに雨水が溜まるのみで、液体が満ち満ちている訳では無かった。

 

第二シックナーの左側、方角では東側に通気孔のような小窓が開いている。そこから第二シックナー内に向けて白い跡が付いており、明らかに何かが流れていたことが分かる。

 

そしてその左側、繋がっていると思しき場所には例によって穴が開いている。恐る恐る覗いてみると、

 

上階の第一シックナー下に当たる部分の謎の穴。

 

中は水が溜まり、その底には緑色をした苔が生育していた。これはもはや閉塞した「廃隧道」の類いである。

 

奥の天井には下階の第三シックナー真下の「洞窟」で見たようなバルブが取り付けられており、こちらも恐らく第一シックナーで分離させた鉱石が排出され、索道で運搬、或いは横の小窓から第二シックナーで再分離させていたのでは無いだろうか。

 

シックナー×、ホッパー〇?

さて、先程スルーした「怪しい円形状の物体」について見てみよう。

 

物体真下。手前は人が入れるくらいの高さにはなっているが、奥に行くほど狭まって行く。

 

ネット上に上がっているレポートではこれもシックナーとして載せられているし、不知火も最初シックナーだと思っていた。しかしふと、外観を見ていてあることに気付く。

 

これ、ホッパーじゃね?

 

シックナーホッパーも確かに採掘した鉱石を入れるという点では一緒だ。だが決定的な違いがある。

 

それはシックナーが鉱石を分離させる装置に対して、ホッパーは鉱石を「貯めておく」だけなのだ。シックナーは日本語名称が沈降槽だが、ホッパーは貯鉱槽。読んで字の如くである。

 

実際上の写真を見ても、内部の天井に大きめの口があり、他のシックナー下のように突起になったバルブでは無いし、内壁が濡れているということも無い。故に不知火はこの装置がホッパーでは無いかと推察した。この装置だけ他所のシックナーと違い、槽と円形土台の二段構成になっていることもホッパーと考える理由の一つだ。完全に素人判断なので事実は分からないが。


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不知火テイストなアクション

装置の考察も済んだところで上階へと進みたいのだが、ちょっとした問題が目の前にある。

 

ここをどう突破するか、と。

 

超くっだらないのだが、この段差を渡らなければ上に進めないのだ。いや、ホッパー横にある足場がナメナメの階段を使えば行ける。しかし敢えてそれを使わず上に行きたいという秘境探索者の無駄なPRIDEが邪魔している・・・という理由もある。まあどちらかと言うとホッパーを上から俯瞰するには斜面を回り込む必要があると目視で判断したから、が大きいかな。

 

段差までの距離はおよそ1.5m。ワイドフル大股開脚で届くかと聞かれると、これがビミョーなラインで、ギリギリ届かず、滑って醜態を晒す羽目になりそうだった。

 

橋のように架けられた木の枝。これが丈夫なら歩いて渡れば万事解決であるが、どうにも心もと無い。試しに足を木の枝に置いて体重を掛けてみることにする。

 

メキッ♪

 

・・・・・・・・・・止めよう。

 

うん、あれだね、これ両足乗せたら木の枝がポッキーするね。

 

ということで、木の枝を橋代わりにして渡るという選択肢は強制除外された訳だ。開脚は厳しいとなると、もうアレしか無いのか・・・。

 

はい、飛びました、助走付けて。

 

少々路面がヌルヌルしていたので、ジャンプした際に滑って醜態(略)は嫌だから一番後の方法にしていたが、とりあえずクリアだ。正直に詳細に語る必要性が薄いワンシーンだが、本レポは「おふざけ分」が物足りないと感じ、書いた。

 

今ココ。見ての通り、選鉱所北側の斜面なうだ。

 

登る前の斜面をチェックし、ルートを選定する。

 

パッと見傾斜は大したこと無さそうなので、適当に詰めるだけで行けそう、とこのときは考えていた。

 

それから3分後・・・。

 

あ、やべ、これ割りとアカン傾斜や。

 

これが不知火の当時の心境である。

 

下からだとよく分からなかったが、登って分かる急斜面。

 

一眼レフは首から下げて片手両足が使える状態ではあったが、正直3点クライミングするにはそこそこハードモード。気を抜いても抜かなくても、ズリズリズリズリズリズリと足が下に滑り落ちて行き、枯れた樹木にセルフダイブする羽目になる。足元の写真を撮っている現在でも、滑らないように必死にバランスを取っている。太ももがプルプル震えていて、とても実際に見せられるような状況では無い。

 

ま・・・まあまあ高さありますよね・・・。

 

おそらくきっとたぶん、仮に転がり落ちても死にはしないが、打撲か捻挫くらいはする。周りに人は居ないけども、こんな超入門スポットでヘマをする訳にはいかない。

 

しかし、ハプニングはまさに突然、やってくるのだ。

 

ズリズリズ・・・ボコッ!

 

アッチョンブリケッッッ!!!

 

片足を乗っけていた足場が呆気無く崩落し、某ノーライセンス医者漫画助手のような悲鳴を上げる。

 

素早く姿勢を上階側に移し、全体重を無事な足場の方に乗せる。あぶねー、危うく自らフラグ回収するとこだったぜ・・・。

 

今登ってきた斜面振り返る。イマイチ緊迫感に欠ける写真だが、左に行く程下側で、右に行く程上側だ。何気に良い運動になったらしく、汗が止まらない。

 

っし!ここまで来ればあとは逆立ちでも行けるっ!(大嘘

 

ホッパー上部とほぼ高さが並び、やっと上階に辿り着く。ああ、それなりに楽しい崖登りだったともさ・・・。

 

巻きに巻いて階層を2スキップし、7階。

 

段差のヘリに立ち、ホッパーを見下ろす。やはり深い。シックナーを二段重ねしたくらいの深さはあるし、鉱石を貯めておくホッパーの線で合ってるのかもしれないな。

 

淡いグレーの小屋と支柱群、そして林道と土蔵山地を俯瞰する。こうして見ると、地上にいるときは想像出来ないくらい高さが有り、圧巻だ。

 

それはそうと、こっから小屋に行くにはどう降りたら良いだろうか・・・。あまり考えておらず、「行けば何とかなる」くらいの軽い感じで来たからな。飛び降りる訳にもいかんし。

 

なんて思っていたら、あるじゃん、降りれるところ。そうだよ、こっから降りりゃ良いんだよ・・・「超」急なスロープだけど。

 

墓碑と火薬庫と第一シックナーと

いよいよ選鉱所探索レポートも佳境。7Fから5Fへ降りて終章の遺構を見学する。

 

外装はサイズの等しい石が組まれ、天井とドアが外された小屋。

 

見たところ、休憩所というよりかは何かを保管する為に設置されたように思える。

 

開放感溢れ、柔らかい陽光が降り注ぐ内部。

 

比較的頑丈な作りをしているようにも取れ、爆薬なんかを保管する火薬庫では無かろうか。

 

階段状に連なるシックナー群を眺める。殆ど写っていないが、左には一番上部の第一シックナーがある。第一から順々に鉱石を選鉱していたと考えるのが一般的だと思う。

 

その第一シックナー。シックナー3兄弟の中で最も草木に覆われている。

 

5Fから墓碑、もとい支柱群を撮影。4月の今は枯れた植物が目立つが、これが夏場にもなれば生い茂った緑色を纏い、廃墟感は一層増すことだろう。

 

こんなとこかな。登れるだけ登り、目ぼしい遺構はカメラに納めた。これより下り、相棒TTの元に帰還する。

 

土管というより水路隧道

最後くらい使ってやるか。

 

降りるに当たり、流石に楽をして帰りたいと思う不知火。行きで使った「無理くり崖登攀ルート」は遠慮して階段を通ることにした。

 

階段、と言っていいのか怪しいが、路面に「段々」があるので一応そういうことになるだろう。ズルッズルにナメた階段で、段差もほぼ摩耗し消滅している。片手両足で慎重に降りる。

 

帰路はこれと言って事象も起こらず、淡々と下っていた。が、

 

・・・・・お前要塞かよ。

 

もう殆ど1F部分に近い2Fらへんで出逢った遺構。円形4分の1みたいな恰好で、要塞のような迫力がある。サイズは大したこと無いのだが、ラスボス臭が漂って来ている。形からは往時何に使われていたのか皆目見当が付かない。

 

そうそう、1Fにある、アレも内部撮影しておかないとな。

 

土管・・・というよりは隧道だ。いや、水が流れる浅い溝があるようだから水路隧道か。

 

1Fの林道脇を通る土管である。今いる四角い土管と途中で丸くなっている土管の2本が並んで走っており、それぞれは繋がっておらず、少しだけ隙間を開けてから次の土管、という構成だ。

 

一筋のが伸びる「隧道」。内壁は雑草や苔が、底部は汚泥と赤茶けた水が溜まっている。

 

不気味過ぎる雰囲気。だが奥から差し込む光に思わず吸い込まれていってしまいそうな美しさがある。

 

一見スタンディングで撮影しているように思えるかもしれないが、とんでもない、しゃがみながらで無いと奥が見えないくらい天井が低い土管なのだ。その当時は液体が流れ、杉野川へと注がれていたのかもしれない。

 

終わりに

滋賀県の山奥深くに残る廃鉱山、土倉鉱山跡。遺跡と例えても差し支えない選鉱所施設は、まさに鉱山遺構の真骨頂である。

 

当時栄華を誇ったであろう土倉も、現在は時の流れと共にゆっくりと朽ちて行き、訪れる愛好家達を迎え入れるだけだ。

 

素晴らしい。飾らず一言で述べるならこれに尽きる。

 

完全なる初心者向け物件で、秘境探索未経験者でも気軽に行けるが、夏場はクマやマムシ、スズメバチが散見されると聞く。もし興味があり、探索するのであれば決して軽装備で行かず、それなりの準備をしてから臨むことを勧めたい。


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